第4土曜日教室&さいたまカルチャー担当 藤原です。
本年もどうぞよろしくお願いします。

干支の戌にちなんで、「忠犬ハチ公」のお話と私の思い出話を
少し紹介させてください。
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1935年(昭和10年)3月8日午前6時過ぎ、
ハチ公は、渋谷川に架かる稲荷橋付近、
滝沢酒店北側路地の入り口で冷たくなっているところを発見され、
同駅に運び込まれた。当時数え時で11才。

寄贈した女性は、父親が当時の駅員だったことから、この写真を保管していた。

 

同じ写真は当時、都内で発行されていた新聞にも掲載されている。
多くの人に可愛がられ愛された忠犬ハチ公だったが、
新聞が取り上げる前までは、心ない人、子供たち、駅員の人達にも疎まれた。

人通りの多い駅前に大きな犬が座って動こうとしないのですから、
犬嫌い、犬が怖い人などは迷惑はしたでしょう。駅に苦情言う人も当然いた。
駅側としては退かさないとならない。
駅からひきずり出しても戻ってくる。水は掛けられる、蹴飛ばされるは日常茶飯事。
現在なら通報されて警察が来るか保健所が引き取りにくるかも。
保健所行きは、飼い主が探さないと処分されてしまう。

 

1932年、社団法人日本犬保存会初代会長の斎藤弘吉が、日本犬調査の過程で偶然、
渋谷駅でいじめられていたハチ公のことを知り、ハチ公を哀れんでそのエピソードを

東京朝日新聞に寄稿した。

 

新聞に「いとしや 老犬物語 今は世になき主人の帰りを 待ち兼ねる七年間」
という見出しで掲載されたハチ公のエピソードは一躍有名になり、
人々は「忠犬ハチ公」と呼んでハチ公を可愛がるようになった。
~当時の新聞より~
「東横電車の渋谷駅、朝夕真つ黒な乗降客の間に混つて人待ち顔の老犬がある。秋田雑種(※)
 の当年とつて十一歳の――ハチ公は犬としては高齢だが、大正十五年の三月(※2)に大切な育ての
 親だつた駒場の故上野教授に逝かれてから、ありし日のならはしを続けて雨の日雪の日の七年間を
 ほとんど一日も欠かさず今はかすむ老いの目をみはつて帰らぬ主人をこの駅で待ちつづけてゐるのだ(以下略)」

※引用文献 http://ameblo.jp/one111/entry-11279761549.html
      オンライン検索Vol.38 No.4 2017.12 「猫と犬のポータサイト」藤田彩夏

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私は、ありがたい事に、ハチ公が見守るお膝元「渋谷教室」と
さいたまのカルチャーの2か所で水墨画の教室を担当しております。
毎回、
何気なく通っていた渋谷の道には、ハチ公の深い歴史があるのですね・・・
心が洗われ、ギュンと切なくなりました。

 

今年の干支は戌。
ハチ公が主人を愛し続けたように、私もこの道歩むときには、一歩一歩を踏みしめながら
この想いを次へと紡いでゆく使命を感じています。

 

日本の美しいの伝統芸術でもある「水墨画」

どうか日本の皆様がこの素晴らしい「水墨画」に触れ合えますように・・・
国際的なオリンピックの開催もございます。
世界の皆様が日本を知り

「水墨画」という絵にに触れ合う事ができますように・・・

 

かつて私の幼少時代に過ごした

私の愛犬シェパードの「ハイディ」
水墨画の濃淡で描いたこの姿は、私の心の中の思い出を、より濃く美しいものにしてくるのでした。

2018年 干支にちなんで

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