リュウマチで箸ももてなかった私が、水墨画を楽しむ幸せ

                               山下利子(千葉県・一宮教室)

梅雨晴れのひと日、娘に付き添ってもらい上京し車椅子で、水墨画会展を鑑賞しました。89歳になりますがすすめられて、私も「六人の曾孫と私」というフクロウを赤ちゃんや飛び立つ曾孫に例えた作品を描いて初応募しました。思いがけない入選の知らせをいただいた時は夢のようでした。展覧会では、数多くの入選作品、招待作家、審査員の先生方の作品を見学させていただき、すばらしさに感銘を受けました。私の作品は未熟で恥ずかしい限りですが、娘も「入選を意識せず無心に描いたのが良かったのかもね」と慰めてくれました。
見学の後、会長の香取琴水先生がおいでくださり「ぜひ続けてください」とお言葉を賜ったのは至福の極みでした。

私が水墨画を始めたのは、一昨年、千葉県の一宮町文化祭の無料体験コーナーで、竹を描いてみた事からです。指導してくださったのが鋤柄妙華先生でした。先生の御父上が書道の先生で、私、息子、娘が昔書道を習っていました。そんなご縁もあり、また絵を描くのも好きでしたので、翌月から一宮教室に月1回通っています。

しかし、昔の私を知る人は現在の私に驚かれます。
私は52歳から間接リュウマチを発症し、しだいに悪くなり両上肢、両下肢が動かず痛みを伴いました。70代の時は痛みの激しさで箸を持つことも、ペンを持つこともできない日々となり、「要介護3」と認定され夫に全面的に介護してもらっていました。

その夫も体調を崩して介護認定を受け、夫婦でデイサービスに通いましたが、夫は逝去。その後は一人でデイサービスに通所し、体操訓練、ぬりえ、折り紙、などをしているうち、だんだんと指が動くようになりました。80歳なってから、体に合う生物学製剤の治療に出会い、奇跡的に激痛は和らいで短い距離は歩けるまでになりました。今も治療と共に、週2回リハビリを兼ねてデイサービスで書道、句作、脳トレ、コーラスなどを続けています。

水墨画を始めてからは、知人への手紙に習った絵を添えたりもしています。
絵を描くことが楽しくて、今回の作品は大変な挑戦でしたが、デイサービスを休んで何枚も描きました。

六人の孫は外孫ばかりですが、時折訪ねてくれるのが何より嬉しゅうございます。子、孫、曾孫19人が私の宝です。孫娘は夫と曾孫で美術館に行ったそうです。また友人やコーラスの先生も墨画会展に足を運ばれ、数々の作品を鑑賞し、感動したとのお便りをいただきました。
これも鋤柄先生のご指導のお陰と感謝いたしております。
申し遅れましたが香取先生のおやさしさと励ましを、心に刻んでおります。
この幸せをいつまでも忘れる事なく水墨画を楽しんでゆきたいと思います。

リュウマチで箸ももてなかった私が、水墨画を楽しむ幸せ

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